春霞塾 | 3年前のワタシ
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3年前のワタシ

3年前のワタシ

春霞塾の英語を担当する中島悠先生の紹介をします。同志社女子大学の3年生。はあちゃんに初めて出会ったのは、彼女が高校1年生ご入学の時。私は担任教員でした。

はあちゃんは正しいと思ったことは妥協しなかったし、言いたいことは我慢せず発言する高校生でした。雰囲気を思うがままに扱う少年達がいても、屈しない。不器用なものだから、雑巾を縫う運針はできない、IT機器を扱うのも苦手。合唱コンクールの担当委員となり、誰1人歌わないクラスで1人歌っていました。

「天然」なお嬢さん?私はそうは思いませんでした。彼女は正義を必死で探っていました。私は闘うはあちゃんが大好きでした。

その後、はあちゃんは2年生から3年生の6月まで1年間アメリカで学びます。わ、日本語が…。

帰国早々、AO・推薦入試が待ち受けていました。どの学部を選ぶのか。どこの大学のどんな入試制度を利用するのか。私に任せてね。一緒に考えよう。私は担任ではありませんでしたが、その夏ははあちゃんの入試にじっくりつきあいました。

「私が力を発揮する時、必ず身近に人がいます。私は人間が好きです。誰かの持っている可能性を広げて欲しい、この時間を楽しんで欲しい、笑って欲しい。それが自分の喜びです。貴学や留学先の先生方、友人達の出逢いが今から待ち遠しいです。私の笑顔で皆を幸せにしてみます。」

はあちゃんは宣言していたとおり、イギリスで厳しいご指導に耐え、世界各国から集った仲間達を笑顔にして、帰国しました。

 

大学3年生。就職活動が始まっています。高1の最初の面談から、はあちゃんはCAになると言い張ります。おもてなしなら、なぜホテルや旅行会社ではなくエアラインなのか。5年間、私は彼女にこの質問を突きつけ続けました。はあちゃんはまだ私はに「わからない」と言われ続けています。

久しぶりに はあちゃんは大学入試志望理由書を読みました。今も変わらないはあちゃんがそこにいました。あの頃の自分は答えを見つけてたよ、はあちゃん。はあちゃんの決意も個性も、ちっとも変わっていません。もしかしたら、就職支援企業やエアライン専門学校などの情報と格闘しているうちに、大事な宝物を意識しなくなっちゃっていたのかもしれないね。

はあちゃんは自分の原点を一回きちんと見つめることができました。就活、卒論、これからの1年間も大変だけど、きっと彼女なら乗り越えると信じています。

  留学から戻ったと思ったら、3年生としてインターンもせずに一か月ペルーに行ってしまいました。

3年前の広島の豪雨被害が出たとき、一緒にボランティアに参加しました。