春霞塾 | 計算こそが人を人にする
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計算こそが人を人にする

計算こそが人を人にする

高倉篤志先生の数学講座が始まりました。

高倉先生とは10年来のおつきあいです。彼と出会った頃の私は、大学院博士後期課程に進学し、中高一貫校で教育実践を研究にフィードバックする「アクションリサーチ」を展開していました。思考する・表現する・判断するための国語科のカリキュラムと教材づくりがその目的でした。教科書を一切使わない「ぶっ飛びタムタム国語」を4年間も続けることができました。アクティブ・ラーニングもこの勤務校で2005年には導入することができました。

高倉先生は私がその学校を退職しても、彼が京都大学に進学しても、ずっと連絡が途切れなかった教え子です。当時紅顔の美少年だった彼、優秀でした。高校1年生の1年間は毎週エッセイを書く授業をしていましたが、論理的であり、なおかつユニークな発想と表現力を持っていた作品を出しきます。何度もA+を出しました。てっきり法学部にでも行くのかと思ったら…そっか、数学なんだ。大学院で量子物理学の研究をしているんですって。えっ、量子コンピュータつくってんの?違いました。紙と鉛筆でひたすら計算をしているんだそうです。基礎研究。なんて地味なんでしょう。朝起きて大学に行って、一日中計算して、帰宅する毎日だそうです。

私の知る限り「最も数学を愛する青年」である高倉先生が、数学Ⅱ・Bをつきっきりで教えてくれる講座が始まっています。

「0で割ることは、ほんまあかんことや」漏れ聞く授業内容は、私はわかりません。しかし、時々聞こえる発言にはっとすることがあります。「計算は、絶対間違えたらあかんのや」「ああ、ここは余り関わらんと、さくさくやる」「ここで、あの定義を使うと楽に計算できる」

英語も数学もお習字も、何でも、何事かを習得するためには、反復学習、つまり演習を徹底的に行い体に感覚を植え付けることしかないということに気づかされます。高倉少年は中高時代、朝6時に登校し夜8時まで、勉強を何時間も何時間も続けていました。ITやAIが人の営みを代行する時代は近いでしょう。しかし、発想したり、今までにないものを産み出したりすることは人間しかできません。じっくり基礎力を積み上げ、発想し、形にし、多くの人の手に渡るまでに育てることは、AIにはできないはずです。

さあ、皆さん。数学の時間です。おうちに帰っても、復習と類似問題の演習をお忘れなく。計算がゴールではありません。しかし、計算こそがあなたを人らしく育ててくれます。