春霞塾 | 夢を叶える!アナウンサーとして働く
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夢を叶える!アナウンサーとして働く

夢を叶える!アナウンサーとして働く

「私はアナウンサーになります!」伊藤友見さんは、中学3年生の夏にはすでに私にこう宣言していました。「将来はブライダルの司会をしたいんです。だから、テレビ局に入るんです。」

当時「友」は、スポーツばかりしていて、真っ黒に日焼けしていました。笑顔とフレンドリーなお人柄がとてもステキ。しかし、理科と数学が得意で成績優秀。負けずな嫌いな彼女、京都大学に入り、ご両親のようなエンジニアになった姿しか思い浮かびませんでした。

彼女は中学生の頃からご縁がありました。私が企画したJICA大阪で職場体験をする三日間のプロジェクトに参加し、「中学生国際協力エッセイコンテスト」プロジェクトにも2年間参加。ええい、乗りかかった船だ!高校に進学した友の仲間数人を引き連れ、二日間にわたる「NHKでアナウンサー体験」プロジェクトを企画実行しました。大御所、松平定知さんがキャスターをした「その時歴史が動いた」制作現場を見学し、彼の仕事をカメラの隣で見学しました。翌日は大阪放送局制作の情報番組に観客として参加。アナウンサーの方に「この子達の二人はアナウンサーになりたいんです、だからよろしく!」と握手をしました。

「友」がなぜアナウンサーになりたかったのか、それはもう誰も説明できません。決まっていたことだからです。学生時代はイベントのMCのアルバイトや読売テレビの下請け会社でカメラアシスタントを続け、夢の実現を必死で探ります。しかし、就活は難航。40社以上のエントリーシートを出したそうです。しかし、初志貫徹!最後にNHK徳島放送局で採用されたのです。情報番組のキャスターからスタートし、3年の勤務の後、今はNHK仙台放送局で番組の顔としてキャスターを務めています。何と局の上司には、あの大阪放送局で握手を交わした小寺さんがいます。

「友」はテレビに出るようになった後も、当たり前のように努力をします。「人が伝えるお仕事」。原稿の中に埋もれている人々の営みを徹底的に読解し、自分が伝えたい内容をものにした後、話すスピードや間の取り方などの技を考え抜きます。原稿を間違えなく読む事が、アナウンサーやキャスターの仕事ではありません。たくさんの企画も世に出したそうです。番組の最後に出すコメントはこの企画の心臓。明るくてさっぱりした笑顔で伝えるその前に、どれだけ準備を積んでいるか…。あなたが人には見せないその努力を、私はわかるような気がします。

夢を叶えた「友」が女性として今後どういう仕事をするのか、今とても興味があります。あの時NHK大阪放送局で職場体験をしたもう一人の高校生、小林将純君もNHKにアナウンサーとして入局しました。合格率100%です!彼が仕事に専念している間に、「友」は女性としてのライフイベントを実現する。家族のケアと仕事の両立は可能なのか。今後「友」が取り組んでいくテーマ、社会的弱者に寄り添う報道。これをどんな形でみせてくれるのか、私はずっと見守っていきたいと思っています。