春霞塾 | 私が見た東広島市
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私が見た東広島市

私が見た東広島市

東広島市に帰省しました。皆さんからお預かりした義援金は、日本赤十字社広島県支部に確かにお届けしました。県内の被災者のために遣って頂きます。
市の職員の方にお伺いした現状、被災者や犠牲者の身内の方にお伺いした話、車で移動中に見聞きした状況をレポートします。画像は当事者の方々に見せて頂いたものです。

 

数日前に開通した山陽自動車道。
災害復旧支援の自衛隊の車両を見かけました。伊丹の自衛隊車両も見ました。
河内インターチェンジからは状況がひどくなります。南側斜面から流れてきた10箇所以上の土砂崩れの跡が見えます。今後も長雨があると、もっと傷跡は深く広くなるはずです。

市役所。
被災証明を東広島各所で取ることができます。市役所では各分掌から集められた対策本部が結成されています。各市役所市役所でも被災証明が取れます。
しかし、安芸津支所は支所自体が被災していて、インフラもライフラインも全てが壊れているそうです。私の高校まで共に学んだ女性支所長が奮闘していると聞きました。みっちゃん、家に帰れていないと聞きました。心と体には気をつけて!

 

災害の残骸処理。
各処理場に送られた残骸は、時間をかけて職員が分別しながら処理していくそうです。もちろん、持ち込めない残骸もあります。どうやって運搬するのでしょう。

 

在住外国人のための対策。
東広島市は外国人の多い街です。広島大学があります。市の外郭団体がサンスクエアで外国人支援を一括しサポートしています。以前、私はここで日本語教室を担当したことがあります。日頃のネットワークが在住者にとっては活動していますが、問題は旅行等でらっしゃった外国人。市は対応していないと聞きました。

 

亡くなった方。
道路にはみ出ているお家は河内町。高齢者が亡くなりました。新聞配達の人が変な匂いがすると気がつき、直後山が崩れました。涙が出ます。
広島市などでも同じ。亡くなった方々の口癖は「砂防ダムがあるけん」「うちは大丈夫、今まで崩れたことはない」大雨の中、独居高齢者が避難をするのを嫌がる心象は理解できます。
高齢者の意識も行動も変えることは難しい。誰が自分を守るのか。母には私たち娘がいますがいざという時駆けつけることは無理。近隣のネットワークは大事でしょう。地球の気候変動の速さを、誰がどうやって意識化していけばいいのでしょう。

 

義援金?
命が助かった方々、今後の生活に希望を持てない状況が今後襲ってきます。
義援金がどう配分されるのかとても不安が残ります。また、お金で解決のできない「神さまから見捨てられたような気持ち」を持つ人たちがたくさんいらっしゃいます。近所のネットワークを失い、自分や家族を守っていかなければならない人がどれくらいいらっしゃるか分かりもしない。
私はどうするのか。自分に問われているような気がします。

東広島河内町。豪雨は家も、道路も、鉄路も流してしまいました。

西条のメインストリート、ブールバール。ここには私の先祖藏田氏が統括した山城がありました。

東広島市安芸津町では、消防自動車までが動けなくなりました。

義援金は東広島市社会福祉課を通して日本赤十字社広島県支部にお届けします。