春霞塾 | 平成30年7月豪雨
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平成30年7月豪雨

平成30年7月豪雨

西日本地域に甚大な被害をもたらした「平成30年7月豪雨」。その中でも、広島県は67人(7月11日午後1時現在)の方が亡くなるなど、大きな被害を受けています。私が生まれ育ち、2001年まで過ごしていた東広島市も甚大な被害を被りました。現在、大動脈であるJR山陽本線、山陽自動車道は止まったままです。

崖崩れ、土砂災害。私の生活には何年かに一度、降雨による災害があります。広島県の多くの地質は真砂土で、水分を含むと容易に崩壊します。4年前、広島市で大きな土砂災害が発生しました。中島悠先生と家屋内に流入した土砂の撤去するボランティアに参加しました。土砂の量、強烈な臭い、容赦なく照りつける太陽、今後の生活の見通しのつかない絶望。それだけでも中島さんも私も打ちのめされてしまいました。今回は「となりのおじいちゃん」や「かわいがっていた親戚の子ども」達が、何人も突然命を落としています。

テレビやネットで必死で情報を集めているのですが、何がどうなっているのか全くつかめません。生活自体が立ちゆかなくなっているのでしょう。報道はほとんどありません。甚大な被害を出した東広島市高屋役所の支所長は私の幼なじみ。女性です。広島市やMAZDA本社のある府中町に通勤する人たちはどうやって通勤しているのでしょう。私も幼い頃そうしたように、東広島市から広島市に通学する子どもたちは2学期が始まるまでは学校には行けないでしょう。入試を目前に控えた高校生もたくさんいるはずです。

地震、豪雨の後、何事もなかったかのように日常生活を再開した私達。被災され、生活に支障を来している人たちがどんな日常を送っているのか、心が麻痺して考えることができません。阪神淡路大震災、東日本大震災。自分の心を守るため思考停止に陥る「いつもの私」。私の大事な人たちや故郷で起きていることにすら、何も感じることができなくなっています。