春霞塾 | FOOTPRINTS IN THE SAND
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FOOTPRINTS IN THE SAND

FOOTPRINTS IN THE SAND

ある夜、わたしは夢を見た。
わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
ひとつはわたしのあしあと、もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、

わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
わたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だった。
このことがいつもわたしの心を乱していたので、
わたしはその悩みについて主にお尋ねした。
「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、
あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、
わたしと語り合ってくださると約束されました。
それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、
ひとりのあしあとしかなかったのです。
いちばんあなたを必要としたときに、
あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、
わたしにはわかりません。」
主は、ささやかれた。
「わたしの大切な子よ。
わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。
ましてや、苦しみや試みの時に。
あしあとがひとつだったとき、
わたしはあなたを背負って歩いていた。」

作者不詳の砂の上の足跡という詩です。
初めてこの詩を知ったとき、投げ出され、一人で悲しみを背負っていた時期があったことを思いました。それは、零歳児だった娘が激しいけいれんを起こし、救急車で運ばれ、入院をしていた時のことです。2週間の入院生活の間、毎日電車に乗って付き添いに通った日を思い出しました。
通勤電車は日常を送る人で一杯。しかし最愛の我が子は点滴につながれ、将来の見えない私は不安と孤独でたまらなくなり、涙が止まらなくなりました。
この電車に娘は乗れるようになるのか。そして、どうして誠実に生きてきたのにこんな目に遭うのか。

この娘は27歳になりました。小学生で介護の仕事をめざし、不器用ではありますが、懸命に仕事に打ち込んでいます。振り返れば、私は独りではありませんでした。あまりにも頑なだったため、そばにいつもいて励ましてくれる神様を私は信じていなかっただけでした。

女性の人生は自分だけでなく、家族や仲間をも守る人生だと思います。孤独に負けそうになったとき、思い出して下さい。あなたを愛してくれる人の存在を。

「わたしの大切な子よ。わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。ましてや、苦しみや試みの時に。あしあとがひとつだったとき、
わたしはあなたを背負って歩いていた。」