春霞塾 | 塾長、映画に出るんだって
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塾長、映画に出るんだって

塾長、映画に出るんだって

監督、クランクアップ、おめでとうございます。編集作業がお忙しい時期とお伺いしています。

5月でしたね、オーディションがあったのは。私を育ててくれた広島県の西条、ここをモチーフにした映画が制作されると聞きつけ、やってみようか…と思ったのがきっかけです。教員を辞め、したいことは何でもできる立場になったから。この町にどんな思いを持っているのかを知りたかったから。そして何よりリケジョの成長を描くストーリーに共感したから。演技をした経験はありません。映画に出たかったのではなく、今、自分がやりたいと決めたことがしたい。そう思ったからだけです。

西条では江戸時代から酒造りが始まっていました。友達には酒造会社の関係者が多くいました。樽の並ぶ酒造工場で鬼ごっこをし、冬の酒気を含んだ蒸気をかぎながら小学校に登校したものです。

私は閉鎖的で封建的なこの町が大嫌いでした。西条のジモティは目立つことが嫌いです。同質性を求める町。「かすみちゃんは目立つ…」私はその風土に馴染まなくて、ずっと居場所が見つかりませんでした。今、梅田で生活をしている私ですが、私はこの町に育てていただいたのです。美しいけど、苦い思い出のたくさんある西条。年をとった今、応援がしたくなりました。

世界遺産を認定するICOMOSにより西条の酒蔵施設群は

「日本の20世紀遺産20選」に認定されました

西条で行われたオーディション。行ってみたら、参加者は経験者、広島大学の演劇部員、全国から駆けつけた映画好きな人、ちょっと来ましたという人まで、950人。監督は続々と演技を要求されましたよね。怖くて胃が痛くなりました。参加している人たちは全身で表現していました。でも、私はやらかしました。あがりますよ、衆人環視で。与えられた指示は片っ端から忘れました。素人だから恥は掻き捨てですもん。よくこんな私を選考に残して下さいました…。

何百人もの前で演技をした、怖すぎるオーディション

夏の演技ワークショップも最悪でした。オーディションに残った人たちが50人集まりましたが、今度は台詞が覚えられません。演劇をしていた人たち、モデルや俳優クラブに所属している人たちの中で、3シーンも演じました。台本を読んで、即表現です。登場人物の心情は読み取れます。しかし、役になりきるなんて。読むと表現するのとは大違い。でも、演じているうちにある感覚を思い出していきましたよ。ダンスだけを生業として生きていきたいと願った10代、小学生に演劇を教えていた30歳代。心とからだが解き放たれるその感じ。そうそう、私は歌って踊れる国語教師でした。

私は浜辺で恋人とけんかをしました

 

秋になりました。ようやくキャストの全貌が明らかになりました。今をときめくあの女優、「織ちゃん」がヒロインだったんですね。町おこしの小さい映画だと舐めてました…。思いっきり出演希望日を回答をしましたが、エキストラ部からは全く回答が来ません。あれよあれよという間に、撮影は終わっていきます。11月がまた忙しい時期です。もう出なくていいかなあと諦めようとしたとき、塾生が2人が私に教えてくれました。

「先生、出て下さい!撮影どうだったか見てきて下さい。」

自分を売り込むのは誰だって苦手。恥ずかしい。でも、応援してくれる人がいる、楽しみにしてくれる人がいる。「決めたことはやりきりましょう。中途半端な気持ちは捨てなさい」と言ってる私が「ま、いいか」と思ったんです。言動不一致…。監督に「私を出して下さい!」とメッセンジャーでお願いしたのはそういう経緯があったんです。私はあの時「直訴」しなければ、この映画は後ろめたくて観ることはできなかったでしょう。西条に帰りにくくなり、素直にふるさとを思うことができなくなっていたでしょう。避けて通る気持ちをつくるのは、私だったのです。

撮影日の早朝。雲海が広がる町です。

女優デビューしたかったわけではありません。やりたいと決めること、与えて頂いた機会を活かしきることをすれば、自分をもっと好きになれます。会えない人、行けない場所をつくるのは自分の心です。私はそれをはじめて知りました。

来秋公開のこの映画。舞台挨拶をする監督と西条で一緒に観ます!そして、梅田で公開されるときには塾生と目を皿のようにして一瞬だけ映る私を探します。出ても出なくていい。堂々と遠景として映る私を探しに行くつもりです。