春霞塾 | 女性の生き方
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女性の生き方

今朝、2番目の孫が誕生しました。 もうすぐ3歳のアオイちゃんは、お母さんと初めて離れて夜を越します。お母様方には記憶も鮮やかでしょうが、今日から「女王さま」は大好きなお母さんを弟と共有しなければなりません。産院を出る時、「お母さんと一緒に帰りたい😭」とパニックを起こしました。アオイちゃん、人生最初の試練です。 息子31歳。この子も、妹が生まれた時赤ちゃん返りをしたものです。二児の父となった彼がどんなになだめても、アオイちゃんは泣きやみません。息子はあまりに無力でした…。子どもにとってお母さんに勝る存在はありません。お母さんは子どもにとって、自分の存在そのもの。お母さんにとっても、子どもは自分の命です。

こんにちは。今回のブログを担当します、広報班の南出です。本日のブログでは、メンバー紹介と、今日8月1日に開催した会議の内容についてお知らせします。 まずは、このチームのメンバーを紹介します。 田村かすみ先生のご指導の下、チームリーダーの中島さん、プロジェクトマネージャーの浅井君、日本語教育班長阿部さん、広報班長池田君、美術班長多田君、調査班長吉本君、そして私、渉外班長南出が活動をしています。

こんにちは。ブログを担当する池田です。活動の様子を発信していきますので、よろしくお願いします。 このプロジェクトは日本在住のムスリムの女性の悩み事にしっかりと耳を傾け、解決できるようお手伝いするものです。私たちのチームには留学経験のある学生や、ムスリムの生徒を教えたことのある先生など、異文化理解の経験を持つ人が集まっています。異文化に向き合うとき、外国から来た人も迎え入れる側も、いろいろな困難があります。その困難を減らすのが目的です。

高校3年生の塾生が大阪市の釜が崎地区での炊き出しボランティアに参加しました。 釜が崎は以前は「日雇い労働者」の町でした。しかし、今や日本中で支援団体が密集して活動を続ける「福祉の町」と言われています。70年代の万博開催のためのインフラ整備を支えるため、全国から人が集まって労働力を提供しました。景気の調整弁です。 高度経済成長が終わったとき、家族から拒絶された人々、社会に適応できず自分に発達障害があることも気づかず人生を過ごして来た人々が、この町に留まりました。オトナはこの町について子どもたちに伝えません。巧妙に社会から隠された人たちとも言えます。

東広島市に帰省しました。皆さんからお預かりした義援金は、日本赤十字社広島県支部に確かにお届けしました。県内の被災者のために遣って頂きます。 市の職員の方にお伺いした現状、被災者や犠牲者の身内の方にお伺いした話、車で移動中に見聞きした状況をレポートします。画像は当事者の方々に見せて頂いたものです。   数日前に開通した山陽自動車道。 災害復旧支援の自衛隊の車両を見かけました。伊丹の自衛隊車両も見ました。 河内インターチェンジからは状況がひどくなります。南側斜面から流れてきた10箇所以上の土砂崩れの跡が見えます。今後も長雨があると、もっと傷跡は深く広くなるはずです。