春霞塾 | 季節と環境
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季節と環境

2017年4月1日、春霞塾は全国初の女性を応援する私塾として開塾しました。この2年間で送り出した生徒さんのうち、女子はちょうど半分です。「なぜ女子塾ですか。」それはまだ実現されていない女性の活躍の可能性の方が多いと思ったからです。 私が会社に就職した時、女性大学卒業者は100名いた職員の中で私が第一号でした。商業高校を卒業した先輩は私の扱いに困りました。算盤はできないくせに、為替の仕組みを教えたら「世の中にいくら現金はあるのですか」と知りたがる。どうして?なぜこうしないのですか?

かすみ先生、本日はありがとうございました。 京都近代美術館「没後50年 藤田嗣治展」を、春霞塾のオトナ遠足で鑑賞できたことに感謝しています。南出照美さんの素晴らしい解説があったおかげで、彼の生き方だけでなく、20 世紀という時代と進出先の欧米社会、そして当時の日本社会を彼を通して疑似体験できました。最高に楽しかったです。 フジタ氏と私の曽祖父は全く同年代人でした(1886年生まれ)。しかも同じ東京美術学校に通っているので、もしかしたら同時期に学校内ですれ違っていたりしたら面白いなと思っていました。 フジタは宇宙人ですね。現代人のようなミーイズムやセルフプロデュース能力。そして行動が裏目に出たとしても、祖国には戻れなかったにしても、最終的にはなんとか時代を生き抜いたそのサバイバル能力。「あの時代」に生まれてしまったからこそ面白いですね。 今後の自分の生き方にもヒントを与えてくれる刺激的な鑑賞体験でした! 俵屋旅館のプロデュース「点邑」のTempura Lunch、そしてティーサロン「遊形 サロン・ド・テ」も素晴らしかったです。 オトナ、最高。オトナ春霞塾、最高。 ...

高校3年生の塾生が大阪市の釜が崎地区での炊き出しボランティアに参加しました。 釜が崎は以前は「日雇い労働者」の町でした。しかし、今や日本中で支援団体が密集して活動を続ける「福祉の町」と言われています。70年代の万博開催のためのインフラ整備を支えるため、全国から人が集まって労働力を提供しました。景気の調整弁です。 高度経済成長が終わったとき、家族から拒絶された人々、社会に適応できず自分に発達障害があることも気づかず人生を過ごして来た人々が、この町に留まりました。オトナはこの町について子どもたちに伝えません。巧妙に社会から隠された人たちとも言えます。

東広島市に帰省しました。皆さんからお預かりした義援金は、日本赤十字社広島県支部に確かにお届けしました。県内の被災者のために遣って頂きます。 市の職員の方にお伺いした現状、被災者や犠牲者の身内の方にお伺いした話、車で移動中に見聞きした状況をレポートします。画像は当事者の方々に見せて頂いたものです。   数日前に開通した山陽自動車道。 災害復旧支援の自衛隊の車両を見かけました。伊丹の自衛隊車両も見ました。 河内インターチェンジからは状況がひどくなります。南側斜面から流れてきた10箇所以上の土砂崩れの跡が見えます。今後も長雨があると、もっと傷跡は深く広くなるはずです。