春霞塾 | 季節と環境
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季節と環境

高校3年生の塾生が大阪市の釜が崎地区での炊き出しボランティアに参加しました。 釜が崎は以前は「日雇い労働者」の町でした。しかし、今や日本中で支援団体が密集して活動を続ける「福祉の町」と言われています。70年代の万博開催のためのインフラ整備を支えるため、全国から人が集まって労働力を提供しました。景気の調整弁です。 高度経済成長が終わったとき、家族から拒絶された人々、社会に適応できず自分に発達障害があることも気づかず人生を過ごして来た人々が、この町に留まりました。オトナはこの町について子どもたちに伝えません。巧妙に社会から隠された人たちとも言えます。

東広島市に帰省しました。皆さんからお預かりした義援金は、日本赤十字社広島県支部に確かにお届けしました。県内の被災者のために遣って頂きます。 市の職員の方にお伺いした現状、被災者や犠牲者の身内の方にお伺いした話、車で移動中に見聞きした状況をレポートします。画像は当事者の方々に見せて頂いたものです。   数日前に開通した山陽自動車道。 災害復旧支援の自衛隊の車両を見かけました。伊丹の自衛隊車両も見ました。 河内インターチェンジからは状況がひどくなります。南側斜面から流れてきた10箇所以上の土砂崩れの跡が見えます。今後も長雨があると、もっと傷跡は深く広くなるはずです。

私が生まれ育った東広島市は、北部は林檎、南部は蜜柑が収穫される島嶼部まで、多様な地質や気候を持つ場所です。全体を覆う花崗岩のもろい真砂土が災いして、土砂災害の絶えないまちでした。容易に川は氾濫し、その度に家や田畑が流される。先人達の知恵は私も受け継いできたはずでした。 しかし、今回の平成30年西日本豪雨。この土地に長年住む人ですら、経験のない被害を受けています。同時多発的に降り続いた雨は西日本一帯を襲いました。 来る7月19日。帰省をすることにしました。今日開通したばかりの山陽自動車道を東広島市まで走ります。東広島市に義援金を持って行こうと思います。個人名でお持ち込みをご希望であればその方法も可能です。義援金を渡す渡さない、金額の多寡はそれぞれのお気持ちですので、中身の見えない義援金箱を用意しております。18日までに春霞塾までお持ち込み下さい。

西日本地域に甚大な被害をもたらした「平成30年7月豪雨」。その中でも、広島県は67人(7月11日午後1時現在)の方が亡くなるなど、大きな被害を受けています。私が生まれ育ち、2001年まで過ごしていた東広島市も甚大な被害を被りました。現在、大動脈であるJR山陽本線、山陽自動車道は止まったままです。 崖崩れ、土砂災害。私の生活には何年かに一度、降雨による災害があります。広島県の多くの地質は真砂土で、水分を含むと容易に崩壊します。4年前、広島市で大きな土砂災害が発生しました。中島悠先生と家屋内に流入した土砂の撤去するボランティアに参加しました。土砂の量、強烈な臭い、容赦なく照りつける太陽、今後の生活の見通しのつかない絶望。それだけでも中島さんも私も打ちのめされてしまいました。今回は「となりのおじいちゃん」や「かわいがっていた親戚の子ども」達が、何人も突然命を落としています。

塾生のもえりんが学校からトマトの苗を2株もらって帰ってくれました。おっきな実がなるサングランテと、どっさりトマトが実るルビーノ。 女子力満載な植木鉢に植え替えをしてやりました。塾にトマトがやってきたのが4月28日。20センチの高さでしたが、たった2週間でもう30センチを超えてしまいました。 葉っぱを触ると、もう青臭いトマトのにおいがしっかりします。もう小さいつぼみもつけています。 収穫時には食いしん坊のもえりんは誰よりもいっぱい食べましょうね!春霞塾は人を育てる塾ですが、今年からは野菜も育てる塾になりました。...